伝言板2019年12月号
日常のありがたみ、ついつい忘れがち
2019年もいよいよ最後の一ヶ月。皆様いかがお過ごしでしょうか?私も四十一歳となり早三ヶ月が経ちましたが、変わらず独身を貫いたままでございます(笑)
この年齢になりますと、同年代との会話でもしばしば出てくる話題が親の健康状態についてです。
私も今だから気軽に言えますが、上半期は母の脊柱管狭窄症が随分悩みの種となりました。
特に症状が酷かった四ヶ月近くの期間は、病院以外はほとんど家を出ることも出来ず、このままどうなってしまうのか…ただただ心配の日々でした。
特に私の場合、生まれて一度も実家を出たことがないため、母と離れて暮らしたことがございません。
母は小柄ながらも凄くエネルギッシュで、元気にどこにでも飛び回る活発な人です。
そんな印象をずっと持ち続けている私にとって、歩くことすらままならない母の姿はとてもショッキングなものでした…
健康のありがたみって、元気な時よりも不調の時の方が感じやすいのだと改めて思いました。
それと同様に、母が元気でいてくれるありがたみも、今回しみじみと感じさせられまして、痛みで辛がっている母に対してもっと優しくなろうとも強く思いました。
それでも母が元気になると、またついつい余計なことを言ってしまったり、時には悪態をついてしまうこともあるのですから、つくづく人間とは勝手な生き物です(苦笑)
良かれと思って…が
そんなこともあって、私は親も歳を重ねていっていることを意識するようになってきました。
周りの人のお話を聞くと介護の話題なども出てきます。今までは自分に無縁だと思っていたことも、今では聞く姿勢も変わってきました。
そんな中で、先日知人からある相談を受けました。それは母親の耳が遠くて、補聴器をつけさせようか悩んでいるという内容でした。
その方は冷蔵庫を開けっ放しにすることが頻繁で、ピーっとなる音にも全然気が付かないそうです。
また、話していても聞こえていないことも多いそうで、会話も成立しづらいとの事でした。
健康に携わっている仕事をしているからということもあっての相談ですが、なかなかデリケートな内容で「こうするべき」と明確に伝えるのは難しく思いました。
補聴器をつけることに抵抗がある人も割といるようでして、家族が望んでいても本人は嫌というケースは結構多いそうです。
私個人としては、視力が落ちたらメガネをかける感覚と同様で、耳が不都合になったら補聴器をすることも有りなのではと思います。実際コンタクトをつけたことで、利便が良くなったことも多いので。
とはいっても、それはあくまで個人の考えです。例えばそもそもご本人が耳が遠くなったことを、本当に不便に思っているかどうかも定かではありません。
家族が困っているからといって、ご本人も困っているとは限りませんので本当に難しい問題です。
身近ほど難しいとつくづく実感…
また、知人は「耳が聞こえなくなることで情報も入りづらくなってくるので痴呆症の発症にも繋がる心配がある」とも話していました。
この気持ちも本当に共感しました。
家族という近しい存在ほど心配でもあるし、何事も良い方向に向かってほしいと思うものです。ですが、それもあくまで家族が望む方向であって、ご本人も同じことを望んでいるとは限りません。
ご本人が補聴器に抵抗があるのか、そもそも必要としているかもわかりませんし、金銭的にも決して安い物ではございません。
また、知人が心配していることも、それはあくまで知人の立場であって、結果的に今のままがご本人にとっては良いのかもしれません。
結局私が答えたのは、いきなり家族会議にかけるのではなく、一度ご本人に「何か困っていない?」と心を寄り添いながらヒアリングするという当たり障りのない回答となってしまいました。
良かれと思ってが、時には争いに発展してしまうのが身近ですが、私も他人事と思わずに気をつけていきたく思います。
店長 林 尚
